いつものお上り師走から戻り、夕ご飯を用意しつつメールチェック。ちょっとご無沙汰していたドイツ人のピアニストの友達からのメールがありました。「昨日PとRに会って昔の講習会の話になったとき、ふと君にはロベルトの訃報が伝わっていないんじゃないかと思いだしてメールしたよ。去年12月21日に亡くなって葬式は1月7日だった。いたのはたった6人のそれはそれは寂しいものだった。」

彼ほど有名で才能あるピアニストの葬式に参列者がたった6人って・・知っていたら日本からの帰国早めてでも行ったのに・・・(思い出話は長くなりますので続きへ)
彼の名を知ったのは大学生の頃。父が誰かから大量にLP(CDでなく)を借りてきた中に彼の弾くスクリャービンピアノソナタ4〜10番のレコードがありました。聞いてみて後頭部をガ〜〜〜ンと殴られるような衝撃を受けた演奏でした。いえ、あの頃の私には後期のスクリャービン作品なんて前衛という感覚でしたけれど。
後年生で演奏を聞く機会がありましたが、それは本当にすごいものでした。彼の弾くスクリャービンソナタ9番黒ミサはダリの「部分的幻覚:ピアノに出現したレーニンの六つの幻影」の絵のようでした。

あの日から私はスクリャービンの音楽の虜になり、そしていつの日か世界のどこかで彼のレッスンを受けるぞと決心しました。ただブラジル人でアメリカで勉強したと経歴にあり、まさかドイツ在住とは知りませんでした。

日本の音大の卒業演奏もスクリャービンのソナタ5番を選んだ私。イタリアの音楽院のディプロマではソナタ4番を弾きました。そしてある日彼の講習会がなんとイタリア国内であることを知り、迷わずすぐ申し込み、初めて彼のレッスンを受けることが出来ました。勿論スクリャービンのソナタ3曲とエチュードを抱えて講習会に臨みました。
期待にたがわず、彼の解釈するスクリャービンの斬新さに目から鱗。でも私などの実力では彼の言う音楽なんて到底表現できませんでしたが。

その後もスイスでの彼の夏期講習会に何回出席したでしょう。偶然ですが我がパリでの教授はイタリア系アルゼンチン人でロベルト氏と同じく故クラウディオ・アラウ氏の弟子。一度パリの教授のフランスでの講習会を半分で切り上げてスイスに行こうとしたら、君はロベルトのコースへ行くんだろ・・と嫉妬半分に言われたことがありました。
私にとってはこの2人は演奏家はどうやってピアノを弾くか・・みたいなものを教えてくれた大切な人たちでしたが、特にロベルト氏は現代曲をどう料理するかを教えてくれました。ペダルは魔法の杖である・・をより確信させてくれたのも彼でしたし。

最後に講習会に伺ったのは約10年前でしょうか。あとスクリャービンのソナタ何曲残ってる?って聞かれて、あと2曲、頑張って譜読みします・・って言ってから最後の2曲、なかなか譜読みが出来ないまま時がたってしまいました。心臓が良くないという噂も聞いていました。何せ私が最初に出会った頃は既に信楽焼の狸の置物のような体格でしたから、心臓への負担も大きかったでしょう。
それにしても70歳なんて・・早すぎます。彼にカプースチンの曲も見てもらいたかったのにかなわなくなりました。

今晩はタンゴに行くのをやめ、一人で彼の冥福を祈ろうと思います。合掌。

<追記>彼の演奏映像見つけましたのでリンクします。